『イノセンツ』とは?|どんな映画?
『イノセンツ』は、ノルウェー発の心理サスペンス×サイキックホラー映画です。
一見どこにでもある静かな団地で、子どもたちの間に芽生えた“特殊な力”と、幼いがゆえの無垢さ・残酷さが交錯する本作。夏休みの昼下がりを舞台に、心の奥底に潜む衝動と、世界の歪みが少しずつ表面化していく様子を、静謐かつ緊張感あふれる演出で描き出しています。
ジャンルとしては、サイキック(超能力)、ホラー、スリラー要素が織り交ぜられた「静かな恐怖」を体感させる北欧系ホラー作品。日常の延長線にある異常な出来事が、観る者の想像力を刺激し、不穏な余韻を残します。
一言で言えば――「純粋ゆえに恐ろしい、子どもたちの“無垢なる悪意”が描かれるサイキック・スリラー」です。
基本情報|制作・キャスト/受賞歴・公開情報
タイトル(原題) | De uskyldige |
---|---|
タイトル(邦題) | イノセンツ |
公開年 | 2021年 |
国 | ノルウェー・スウェーデン・デンマーク・フィンランド合作 |
監 督 | エスキル・フォクト |
脚 本 | エスキル・フォクト |
出 演 | ラーケル・レノーラ・フレットゥム、アルバ・ブリンスモ・ラームステ、サム・アシュラフ、ミナ・ヤスミン・ブレムセット・アシェイム |
制作会社 | Mer Film |
受賞歴 | 第74回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門出品、ノルウェー・アマンダ賞4冠(監督賞ほか) |
あらすじ(ネタバレなし)
夏休みのある日、ノルウェーの郊外にある団地へ引っ越してきた少女イーダ。周囲に友だちもおらず退屈な日々を過ごしていた彼女は、団地内で出会った同年代の子どもたちと交流を深めていく。
次第に明らかになる、彼らが持つ“特別な力”。それは遊びの延長のように扱われながらも、ときに無邪気さを超えた危うさを孕み始める。
障害を持つ姉との関係、自分の中に芽生える不思議な感覚――そして、子どもたちの世界だけで静かに広がっていく異変。
果たして彼らはその力をどう使い、どこへ向かっていくのか?
これは、「純粋さ」と「残酷さ」が共存する、子どもたちだけのひそやかな戦いの物語。
予告編で感じる世界観
※以下はYouTubeによる予告編です。
独自評価・分析
ストーリー
(3.5点)
映像/音楽
(4.5点)
キャラクター/演技
(4.0点)
メッセージ性
(4.0点)
構成/テンポ
(3.5点)
総合評価
(3.9点)
ストーリー面では、子どもたちの心理や能力の描写が斬新で興味深い一方、一部の展開には説明不足や冗長な部分も見受けられたため、3.5点とやや厳しめの評価とした。映像と音楽は非常に高水準で、特に音の演出と静寂の活かし方は北欧ホラーの真骨頂ともいえる仕上がり。キャストは全員子役ながらも驚異的な演技力を発揮し、違和感なく物語に引き込まれる。メッセージ性も深く、力の善悪を問う普遍的なテーマを描きつつ、観る者に道徳的問いかけを残す点が高評価に繋がった。構成は比較的ゆったりしており、好みが分かれるテンポ感ではあるが、全体的には丁寧に作られており、3.9という総合スコアに着地した。
3つの魅力ポイント
- 1 – 子どもたちの圧倒的な演技力
-
主演のラーケル・レノーラ・フレットゥムをはじめ、主要キャストはいずれも実年齢に近い子どもたちですが、その演技は驚くほどリアルで繊細。視線や間、言葉にできない感情の動きをしっかりと伝え、作品に真実味を与えています。「本当にこの年齢でここまでできるのか」と思わず唸るほどの演技が、物語の説得力を支えています。
- 2 – 静けさと恐怖の融合した映像美
-
団地の無機質な構造や、北欧の長い昼を活かした自然光の演出など、映像表現が非常に緻密。日常の延長にある違和感や、何気ない風景の中に潜む恐怖を捉えるカメラワークが秀逸です。静けさゆえに不安を煽る構成が、観る者にじわじわと迫る恐怖を与えます。
- 3 – “善悪”の曖昧さに迫るテーマ性
-
「子ども=無垢」という常識を揺さぶり、善悪は誰がどう決めるのかという倫理的な問いを突きつけてきます。明確な正義も悪も存在しない中で、観客は自らの価値観で物語を受け止めることになります。その構造こそが、本作の持つ強い“余韻”を生み出している大きな要因です。
主な登場人物と演者の魅力
- イーダ(ラーケル・レノーラ・フレットゥム)
-
物語の視点を担う少女で、好奇心旺盛でやや冷淡な一面も持つ複雑なキャラクター。イーダを演じるラーケル・レノーラ・フレットゥムは、表情の繊細な変化や無言の演技で観客を引き込みます。特に、罪の意識や葛藤を抱えるシーンでの存在感は圧巻で、全編を通して高い集中力を感じさせます。
- アーシャ(アルバ・ブリンスモ・ラームステ)
-
イーダの姉で、知的障害があり言葉を話せないキャラクター。静かな存在ながら、物語の鍵を握る重要な役割を果たします。アルバ・ブリンスモ・ラームステは、言葉に頼らず感情を伝える演技が非常に秀逸で、その視線や身体表現からは“通じ合えない”苦しさと繋がりへの希望が同時に滲み出ています。
- ベン(サム・アシュラフ)
-
能力を持つ少年で、物語の“異常性”を加速させる存在。サム・アシュラフはその幼さと不穏さを併せ持つ難役を見事に演じており、観る者に強烈な印象を残します。時に無邪気で、時に恐ろしく暴力的――そんな“子どもゆえの恐怖”を体現するその姿は、本作の核心そのものです。
視聴者の声・印象













こんな人におすすめ
逆に避けたほうがよい人の特徴
ホラー映画に「派手な恐怖演出」や「ジャンプスケア」を求めている人
展開のスピード感や派手なアクションを重視する人
明快で分かりやすい結末を好む人
子どもが登場する映画に安心感や癒しを期待してしまう人
暗喩的な描写や解釈の余地が多い作品が苦手な人
社会的なテーマや背景との関係
『イノセンツ』は、単なるサイキックホラーではなく、社会的な構造や人間の倫理観に鋭く切り込む作品でもあります。特に注目すべきは、子どもたちの視点を通じて描かれる「善と悪の境界線の曖昧さ」です。
劇中の子どもたちは、いわゆる“無垢”な存在として描かれる一方で、自分たちの力を無邪気に、しかし時に残酷に使います。この構造は、社会における権力構造や暴力のメカニズムに重ねて読むことも可能です。誰が“正義”で誰が“悪”なのかを他者が決めることの危うさや、判断力を持たない幼い存在によってもたらされる「制御不能な力」が、社会全体の縮図のように映るのです。
また、知的障害を持つ姉アーシャの存在は、社会的マイノリティや“声を持たない人々”の象徴としても読み解くことができます。彼女の存在が物語の鍵を握ることは、「弱者」や「見えづらい存在」こそが世界に大きな影響を与える可能性があるというメッセージにも繋がっています。
舞台となる団地という閉ざされた空間もまた、現代社会の縮図です。他者との距離が物理的にも心理的にも近くなりすぎることで起こる摩擦、孤立、誤解――こうした問題が、子どもたちの行動の中に自然と浮かび上がります。団地の構造そのものが、現代の集合住宅社会の息苦しさや分断を象徴しているといえるでしょう。
このように本作は、表面的には超能力や子どもの暴走を描いたフィクションでありながら、そこに内包されているのは現代社会が抱える根源的なテーマです。観る者の年齢や経験によって受け取り方が大きく変わる、深い問いを含んだ一作と言えるでしょう。
映像表現・刺激的なシーンの影響
『イノセンツ』は、北欧映画らしい静謐な映像美と、抑制された演出で構成された作品です。自然光を活かした撮影や、団地の無機質な空間を切り取るカメラワークが、どこか現実離れした“静かな異常空間”を作り出しています。観客はその静けさゆえに、むしろ不穏さや緊張感を強く感じることになるでしょう。
音響面でもきわめて緻密な設計がなされており、派手なBGMはほとんど使われず、生活音や沈黙そのものが重要な演出要素となっています。特に子どもたちの足音、息づかい、風の音といった細部が観る者の心理を刺激し、没入感を高める効果を発揮しています。
一方で、ショッキングな描写や暴力的なシーンも一部に存在します。例えば、動物に対する暴力表現や、子ども同士の衝突、身体的な危害が加えられるシーンなどがあり、特に感受性の高い方にとっては精神的に辛く感じられる可能性があります。直接的なグロ描写は多くないものの、“見せ方”によって観る側の想像力を掻き立てる点が、かえって強い刺激につながっています。
性表現については直接的な描写はありませんが、思春期の身体的・精神的な変化を暗示するようなシーンや言動が含まれており、これも本作のテーマである「境界のあいまいさ」を補強しています。
本作のように「静けさが恐怖へと転化するタイプの演出」は、ホラーに慣れていない人にとってはじわじわと精神的負荷がかかる可能性があります。そのため、観賞前には「暴力や抑圧、心理的な圧迫感」に対する自身の許容度を確認しておくと安心です。
逆に、過激な演出よりも、映像と演出の奥行きや“気配”のようなものを感じ取りたい人にとっては、極めて魅力的な作品といえるでしょう。
関連作品(前作・原作・メディア展開など)
『イノセンツ』はエスキル・フォクト監督によるオリジナル脚本の作品であり、原作となる小説や漫画、シリーズ前作は存在しません。そのため、物語を理解する上で事前知識や予習は一切不要です。
ただし、監督の過去のキャリアを振り返ると、本作をより深く味わうための“文脈”を見つけることができます。フォクト監督は脚本家としてヨアキム・トリアー監督とタッグを組み、以下のような注目作品を手がけています:
- 『母の残像』(2015)
- 『テルマ』(2017)
- 『わたしは最悪。』(2021)※第94回アカデミー賞 国際長編映画賞ノミネート
特に『テルマ』は、本作同様に北欧を舞台にしたサイキック要素のある心理サスペンスであり、女性の内面と能力をテーマに据えた構造が類似しています。
また、フォクト自身の監督デビュー作である『ブラインド 視線のエロス』(2014)では、視覚障害を抱えた女性の妄想と現実が交錯する物語が描かれており、“見えないものが現実を侵食する”という主題が本作にも共通しています。
メディア展開については、ノベライズやドラマ化、スピンオフといった動きは現在のところ確認されていません。
類似作品やジャンルの比較
『イノセンツ』は、静かな恐怖と倫理的テーマを内包した北欧ホラー作品です。同じジャンルや雰囲気を持つ作品として、以下のような映画が挙げられます。
- 『ハッチング ー孵化ー』(2022年/フィンランド)
思春期の少女が孵化させた卵から異形の存在が現れるボディホラー作品。家庭や母娘関係の歪みを描きつつ、“無垢さ”の裏に潜む暴力性が浮かび上がる点が共通しています。 - 『LAMB/ラム』(2021年/アイスランド)
子どもを失った夫婦が“羊の子”を育てるという寓話的なストーリー。北欧の風景を活かした美しい映像と、不穏な空気感が『イノセンツ』と非常に近い印象です。 - 『ミッドサマー』(2019年/アメリカ・スウェーデン)
コミューンの祭りを描いた異文化ホラー。明るい陽光のもとで繰り広げられる儀式や暴力が、視覚的な恐怖と倫理の曖昧さを引き出しており、『イノセンツ』と共通する心理的侵食の要素があります。 - 『ボーダー 二つの世界』(2018年/スウェーデン)
異形の存在として生きる主人公が、自身のアイデンティティと向き合う物語。社会的少数者や“普通”とは何かを問う視点が『イノセンツ』にも通じるテーマです。 - 『胸騒ぎ』(原題:Gæsterne/2022年/デンマーク)
親切そうな家族との再会が、次第に不穏へと変わっていく心理ホラー。過剰な説明を排し、観客自身が違和感に気づくプロセスが『イノセンツ』に似た緊張感を生みます。
これらの作品に共通するのは、「抑えた演出の中に潜む狂気」や「静けさの中の不穏」を描いている点です。どれも一見穏やかに見える日常の風景から、じわじわと現れる異常性を特徴としており、観客の“観る姿勢”を問うような映画体験を提供します。
続編情報
現在のところ、映画『イノセンツ』に関する公式な続編の発表や制作情報は確認されていません。
監督であるエスキル・フォクトは、次回作に関する構想やコメントをメディアで明かしておらず、続編にあたる作品(制作年が後の直接的な続編・スピンオフ・プリクエルなど)も存在しないことが確認されています。
また、配信・劇場公開に向けた続報やキャスト再登場の動きも現段階では見受けられません。
そのため、2025年7月時点では、本作は単独のオリジナル作品として完結しているといえる状況です。ただし、今後の動向によっては派生企画が始動する可能性もあるため、引き続き注目する価値はあります。
まとめ|本作が投げかける問いと余韻
『イノセンツ』は、いわゆる超能力やホラーの枠に収まらない、倫理的・社会的なテーマを静かに、しかし鋭く提示する映画です。子どもたちの視点から語られる物語は、私たちが普段無意識に信じている「子ども=純粋・無害」といった固定観念を根底から揺さぶります。
「正義とは何か」「力を持つ者はどうあるべきか」「人と人は本当に理解し合えるのか」——本作が投げかけてくる問いは、年齢や文化を超えて、観る者一人ひとりの内面に静かに降り積もっていきます。
特に印象的なのは、説明されすぎない演出によって、観客自身が想像し、感じ、判断する余白が与えられていることです。派手な演出はなくとも、じわじわと心を侵食していくような描写と、深く沈み込むような静かな余韻が残る構成は、まさに北欧映画ならではの美学といえるでしょう。
また、知的障害を持つ姉アーシャや、“声なき存在”に象徴される構造は、現実世界におけるマイノリティの在り方にも通じています。視えないもの・伝わらないものに目を向ける姿勢を、本作はさりげなく、しかし強く促しているのです。
映画を見終えたあと、きっと多くの人が「この子たちの未来はどうなるのだろう」と想像するでしょう。そして同時に、自分の中にも、理解できない感情や、言葉にできない力があるかもしれないと、ふと立ち止まるはずです。
『イノセンツ』は、そんな“問いかけ”の力をもった作品です。静かに、深く、心の奥へと染み込んでくるようなこの映画が、あなたの中に何を残すのか――それはきっと、あなた自身の心が決めてくれるはずです。
まとめ|本作が投げかける問いと余韻
『イノセンツ』は、いわゆる超能力やホラーの枠に収まらない、倫理的・社会的なテーマを静かに、しかし鋭く提示する映画です。子どもたちの視点から語られる物語は、私たちが普段無意識に信じている「子ども=純粋・無害」といった固定観念を根底から揺さぶります。
「正義とは何か」「力を持つ者はどうあるべきか」「人と人は本当に理解し合えるのか」——本作が投げかけてくる問いは、年齢や文化を超えて、観る者一人ひとりの内面に静かに降り積もっていきます。
特に印象的なのは、説明されすぎない演出によって、観客自身が想像し、感じ、判断する余白が与えられていることです。派手な演出はなくとも、じわじわと心を侵食していくような描写と、深く沈み込むような静かな余韻が残る構成は、まさに北欧映画ならではの美学といえるでしょう。
また、知的障害を持つ姉アーシャや、“声なき存在”に象徴される構造は、現実世界におけるマイノリティの在り方にも通じています。視えないもの・伝わらないものに目を向ける姿勢を、本作はさりげなく、しかし強く促しているのです。
映画を見終えたあと、きっと多くの人が「この子たちの未来はどうなるのだろう」と想像するでしょう。そして同時に、自分の中にも、理解できない感情や、言葉にできない力があるかもしれないと、ふと立ち止まるはずです。
『イノセンツ』は、そんな“問いかけ”の力をもった作品です。静かに、深く、心の奥へと染み込んでくるようなこの映画が、あなたの中に何を残すのか――それはきっと、あなた自身の心が決めてくれるはずです。
まとめ|本作が投げかける問いと余韻
『イノセンツ』は、いわゆる超能力やホラーの枠に収まらない、倫理的・社会的なテーマを静かに、しかし鋭く提示する映画です。子どもたちの視点から語られる物語は、私たちが普段無意識に信じている「子ども=純粋・無害」といった固定観念を根底から揺さぶります。
「正義とは何か」「力を持つ者はどうあるべきか」「人と人は本当に理解し合えるのか」——本作が投げかけてくる問いは、年齢や文化を超えて、観る者一人ひとりの内面に静かに降り積もっていきます。
特に印象的なのは、説明されすぎない演出によって、観客自身が想像し、感じ、判断する余白が与えられていることです。派手な演出はなくとも、じわじわと心を侵食していくような描写と、深く沈み込むような静かな余韻が残る構成は、まさに北欧映画ならではの美学といえるでしょう。
また、知的障害を持つ姉アーシャや、“声なき存在”に象徴される構造は、現実世界におけるマイノリティの在り方にも通じています。視えないもの・伝わらないものに目を向ける姿勢を、本作はさりげなく、しかし強く促しているのです。
映画を見終えたあと、きっと多くの人が「この子たちの未来はどうなるのだろう」と想像するでしょう。そして同時に、自分の中にも、理解できない感情や、言葉にできない力があるかもしれないと、ふと立ち止まるはずです。
『イノセンツ』は、そんな“問いかけ”の力をもった作品です。静かに、深く、心の奥へと染み込んでくるようなこの映画が、あなたの中に何を残すのか――それはきっと、あなた自身の心が決めてくれるはずです。