『哀れなるものたち』とは?|どんな映画?
『哀れなるものたち』は、19世紀のヨーロッパを舞台に、死から蘇った女性が“自分の人生を生きる”ための旅に出る、異色のファンタジー・ドラマです。
ギリシャ出身の鬼才ヨルゴス・ランティモス監督と、主演エマ・ストーンのコンビによって描かれる本作は、ブラックユーモア、フェミニズム、官能性、そしてグロテスクな美学が独特のバランスで融合した、極めてユニークな作品です。
ストップモーションのような映像効果や絵画的な美術設計が施され、まるで“生きたアート”のような映画体験が味わえます。
一言で言えば、「死と再生を通して、女性の“生”の主導権を問いかける、倒錯と美の幻想譚」です。
基本情報|制作・キャスト/受賞歴・公開情報
タイトル(原題) | Poor Things |
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タイトル(邦題) | 哀れなるものたち |
公開年 | 2023年 |
国 | アイルランド、イギリス、アメリカ |
監 督 | ヨルゴス・ランティモス |
脚 本 | トニー・マクナマラ |
出 演 | エマ・ストーン、マーク・ラファロ、ウィレム・デフォー、ラミー・ユセフ |
制作会社 | Element Pictures、Film4、Searchlight Pictures |
受賞歴 | 第80回ヴェネツィア国際映画祭 金獅子賞/第96回アカデミー賞 美術賞など全4部門受賞 |
あらすじ(ネタバレなし)
舞台は19世紀ヨーロッパ、どこか現実と幻想のあいだに存在するような世界。
奇才の外科医ゴッドウィン・バクスターによって命を救われた若き女性ベラ・バクスターは、まるで生まれたての赤ん坊のような精神状態で目覚める。
言葉、常識、欲望——すべてをゼロから学びながら、彼女は目に映る世界に強い興味を抱き、自分自身の“生き方”を模索し始める。
そんなベラの好奇心と衝動はやがて、型にはまった道徳やジェンダー規範に挑戦する奔放な旅へと彼女を導いていく。
「自分の人生を、自分で選びたい」——その思いを胸に、ベラは世界へと飛び出していく。
予告編で感じる世界観
※以下はYouTubeによる予告編です。
独自評価・分析
ストーリー
(4.0点)
映像/音楽
(5.0点)
キャラクター/演技
(4.5点)
メッセージ性
(4.5点)
構成/テンポ
(3.5点)
総合評価
(4.3点)
驚異的な映像美と独創的な世界観はまさに圧巻で、映画というより“美術作品”として鑑賞する価値すらある作品でした。特に異形的で官能的な描写を織り交ぜながらも、視覚的な不快さや過剰さをアートへと昇華させた演出は評価に値します。
主演のエマ・ストーンは演技の幅広さと大胆さで魅せ、キャラクターにも深みを与えていました。メッセージ性においても、ジェンダー観や自由意志といったテーマが明確に打ち出されており、深い考察が可能です。
一方で、ストーリーはやや寓話的で抽象的な展開が多く、万人向けではない点や、中盤以降の構成がやや冗長に感じられる部分もあるため、構成/テンポに関してはやや辛口評価としました。
3つの魅力ポイント
- 1 – 世界観を体験する“映像美”
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絵画のような美術設計、ビビッドで幻想的な色彩設計、実写と錯視が融合したような映像演出は、物語そのものよりもまず視覚体験として圧倒されます。まるでテーマパークを歩くように、観る者を異世界へと引き込む力があります。
- 2 – ベラという存在の衝撃
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エマ・ストーン演じるベラ・バクスターは、無垢でありながら衝動的で、破壊的でありながら魅力的。固定観念を揺るがすそのキャラクター造形は強烈で、観る者の感情や価値観に疑問を突きつけます。観客はただの“ヒロイン”として彼女を捉えることができなくなります。
- 3 – 倫理も道徳も超えてゆく物語
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物語は単なるフェミニズム映画に留まらず、「生きるとは何か」「自由とは何か」を哲学的に問います。特にジェンダー規範や人間の所有欲に対する批判的視点は強く、モラルに揺さぶりをかけてくる展開は、議論を呼ぶほど挑戦的です。
主な登場人物と演者の魅力
- ベラ・バクスター(エマ・ストーン)
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物語の中心となる女性。生まれ変わったようにゼロから世界を学び、貪欲に生きる力を身につけていく存在。エマ・ストーンは、知性・好奇心・性的自立を併せ持つベラという非常に複雑なキャラクターを、大胆かつ繊細な演技で表現し、アカデミー賞主演女優賞にもノミネートされました。
- ダンカン・ウェドダーバーン(マーク・ラファロ)
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自由奔放な女性に翻弄される快楽主義の弁護士。マーク・ラファロはコミカルで情けない男をあえて誇張しながら演じることで、物語に滑稽さと毒気を与えています。自信家であるがゆえの脆さが際立ち、観客に強い印象を残します。
- ゴッドウィン・バクスター(ウィレム・デフォー)
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ベラを蘇らせた科学者であり、奇怪な外見と倫理観を併せ持つ“父”のような存在。ウィレム・デフォーの圧倒的な存在感と声の重厚さが、キャラクターの“創造主”としての神秘性を増幅させています。恐ろしさと愛情の同居という難役を見事に体現しています。
視聴者の声・印象













こんな人におすすめ
逆に避けたほうがよい人の特徴
ストーリーが明確で起承転結のはっきりした映画を求める人
抽象的・寓話的な表現が苦手な人
過激な性描写や倫理観を揺さぶる内容に抵抗がある人
スローペースな展開に飽きやすい人
エンタメ性重視で“スカッとしたい”という気分の人
社会的なテーマや背景との関係
『哀れなるものたち』は、19世紀の風景を借りながらも、現代的なフェミニズムと自己決定権の問題を強く意識した作品です。
主人公ベラは、男性の科学者によって“命を与えられた”存在でありながら、物語の中で次第に自分の意思を持ち、自らの人生を選び取っていきます。この流れはまさに、父権的価値観からの脱却というメタファーとして読み取ることができます。
また、性的な好奇心を隠すことなく表現するベラの姿は、しばしば「不道徳」や「過激」とも捉えられかねませんが、それこそが作品の問いかけです。女性の欲望や快楽、そして人生の主体性が、いまだに“制限付き”で語られる社会に対し、この映画は真っ向から異議を唱えています。
加えて、登場人物たちの多くは“欠落”や“歪み”を抱えています。外見的にも内面的にも完全ではない存在が、社会にどう受け入れられるのか、あるいは排除されるのかという視点は、現代における多様性と包摂性の課題とも重なります。
このように本作は、単なる奇抜なファンタジーではなく、自由・身体・欲望・支配・倫理といった非常に現実的なテーマを、奇抜な表現で包み込むことで逆説的に可視化した、挑発的な社会批評と言えるでしょう。
映像表現・刺激的なシーンの影響
『哀れなるものたち』は、その特異な世界観を映像と音響で余すところなく表現した作品です。まず注目すべきは、絵画的な構図と色彩の大胆さ。現実離れしたセットや衣装、湾曲した建築や歪んだ遠近法のような視覚設計が施され、観客は“非現実の中のリアル”を体感させられます。
音響面でも、場面ごとに音の密度や残響が巧みに調整されており、観る者の心理に強く働きかけます。ときに静謐で、ときに混沌とした音の世界が、ベラの感情の揺らぎと連動するかのように演出されているのです。
一方で、刺激的な描写が多いのも事実です。特に性描写の頻度や明示性は高く、それがキャラクターの人格形成や自由意志の象徴として使われている点は注目に値します。しかしながら、観る側によっては過激・不快と感じられる可能性もあるため、視聴には一定の心構えが必要です。
暴力的な描写は直接的ではないものの、手術痕や奇形的なビジュアルなどに象徴される“身体の異形性”は、ある種のグロテスクさを伴います。それらは決してホラー的演出ではないものの、視覚的ショックや不安を覚える可能性がある点も留意すべきです。
総じて本作は、アート映画としての魅力を最大限に発揮する一方で、万人受けする表現ではないことも明確です。豊かな映像体験と引き換えに、観客の感性や倫理観に揺さぶりをかける挑発的な側面を持つ――それが『哀れなるものたち』の映像表現の核心です。
関連作品(前作・原作・メディア展開など)
『哀れなるものたち』は、スコットランド出身の作家アラスター・グレイによる1992年の小説『Poor Things』を原作としています。原作は架空の人物が書いたという体裁で構成されたポストモダン的な文体が特徴の風刺小説で、フランケンシュタインのモチーフを用いながらも、政治・社会批評が色濃く盛り込まれています。
映画版では、ストーリーの骨格は原作に準じつつも、映像演出やキャラクターの描写、物語のテンポ感には映画独自の再解釈がなされています。特にベラのキャラクター造形においては、映画の方がより能動的かつ明示的であり、フェミニズム的メッセージが強調されています。
現時点で本作にシリーズ作品やスピンオフの展開は存在しませんが、原作の文学的価値が高く、視覚メディアによって再構築されることで、より多くの観客に触れる機会が生まれています。
なお、映画を楽しむ上で原作を事前に読む必要はありませんが、後から読むことで政治的風刺や文体的なユニークさを補完的に楽しむことができるでしょう。
類似作品やジャンルの比較
『哀れなるものたち』は、その独創的な世界観とフェミニズム的主題から、いくつかの類似作品と並べて語られることが多いです。以下に代表的な作品を紹介します。
『ロブスター』(2015年)/監督:ヨルゴス・ランティモス
同じ監督による作品であり、ディストピア的な設定と風刺的な語り口が共通しています。愛の在り方や個の自由に対する問いかけも似ていますが、『ロブスター』の方がより抽象的で冷笑的なトーンです。
『グッド・ラック・トゥ・ユー、レオ・グランデ』(2022年)
年配女性の性的自立をテーマにした英国映画で、自己決定と快楽の肯定というテーマが共通。映像演出は地味ですが、対話劇としての力強さがあります。
『ペルシアン・バージョン』(2023年)
女性の主体性と家族との関係をユーモアを交えて描く作品。『哀れなるものたち』と比べてよりポップで軽やかながら、文化的抑圧や母娘関係の葛藤といった核心部分は通底しています。
どの作品も“生き方”や“自分を選ぶ自由”を描いていますが、本作はビジュアルと倒錯性でそれらを過激に具現化した稀有な一本といえるでしょう。
続編情報
現時点で『哀れなるものたち』の直接的な続編は発表されていませんが、ヨルゴス・ランティモス監督と主演のエマ・ストーンは、次回作『Bugonia』で再びタッグを組むことが正式に報じられています。
1. 続編の有無・制作状況
『哀れなるものたち』と物語的な直接の繋がりはないものの、精神的・作家的な続編とも言える新作『Bugonia』が2024年に撮影予定です。これは2003年の韓国映画『Save the Green Planet!』の英語リメイクとされ、ブラックコメディ×SFスリラーの要素を持ちます。
2. タイトル・公開時期
タイトルは『Bugonia(バゴニア)』。米国での公開は2025年10月24日を予定していると報じられています。
3. 制作体制
監督は引き続きヨルゴス・ランティモス、主演にエマ・ストーン、他キャストにジェシー・プレモンスなどが加わる予定です。制作はSearchlight Picturesが担当。
4. 作品形態と構成
本作はプリクエルやスピンオフではなく、“テーマ的な地続き”にある新規プロジェクト。精神疾患・陰謀・宇宙人といった要素が絡み合い、社会風刺とジャンルミックスが期待される内容です。
まとめ|本作が投げかける問いと余韻
『哀れなるものたち』は、美術・文学・哲学・風刺・性・死――あらゆる領域を越境しながら、観客に「自分の人生をどう生きるか」という極めて根源的な問いを投げかけてきます。
ベラ・バクスターという存在は、生まれながらにして自由を与えられたわけではなく、それを「自ら掴み取っていく」ことで人間らしさを手にしていきます。そこには自由と欲望のせめぎ合い、そしてそれを他者がどう受け止めるかという複雑な社会的・心理的テーマが内包されています。
一見すると風変わりで過激な物語に思えるかもしれませんが、その奥には生きることの痛みと美しさが共存しています。特に、ベラの目を通して描かれる世界は、現代に生きる私たちが無自覚に受け入れている“常識”を再考させる強烈な力を持っています。
映像・音響・演技といった技術面の完成度もさることながら、鑑賞後に「これをどう受け止めるか?」という思考の余白が残されていることが、本作を特別なものにしています。正解は提示されないまま、観客一人ひとりが自分の内面に向き合うことになる――それがこの映画の最大の余韻かもしれません。
“哀れ”とは誰のことなのか。“ものたち”とは何を指すのか。 その答えは、映画を観終えたあなたの中に、静かに浮かび上がってくるはずです。
ネタバレ注意!本作の考察(開くと見れます)
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本作の最大のメタファーは、“死から再生された女性が、自分の生を誰のものでもなく取り戻す”という物語構造そのものにあります。ベラは、科学者ゴッドウィンによって身体を蘇らせられた存在ですが、物語が進むにつれてその依存構造を自ら打ち壊していきます。
特に注目すべきは、「赤ん坊のような精神状態から始まる」という設定。これは単なる奇抜なアイデアではなく、社会に内面化された常識や倫理を一切持たない存在として描かれることで、現代の規範をいったんゼロに戻して問い直す仕掛けとも言えます。
また、ベラが自由を手にするまでの過程には、“性”と“学習”が深く絡み合っています。性的快楽を通じて世界を知る彼女の姿は、知識や教養よりも先に身体的な経験を通して成長する人間像を提示しており、ここにも一般的な成長物語との逆転構造が見られます。
さらに、ベラが最終的に選ぶパートナーや生き方も、“誰かに選ばれる”というロマンス的構図から逸脱しています。これは「選ばれる」から「選ぶ」への反転であり、フェミニズム映画としての根幹に据えられた意図と考えられます。
その一方で、ゴッドウィンの歪んだ外見や道徳観、ウェドダーバーンの滑稽な支配欲など、周囲の男性たちも極端化されており、単なる“男性=悪”という二元論では語れない複雑さも持ち合わせています。
本作が何を肯定し、何に疑問を投げかけているのか――それは観客の思想や価値観によって多様に変化するでしょう。結末に至るまで、常に問いが突きつけられる本作は、“答えがないこと”そのものを体験させる映画なのかもしれません。
ネタバレ注意!猫たちの会話(開くと見れます)
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