『オリエント急行殺人事件』とは?|どんな映画?
『オリエント急行殺人事件』は、アガサ・クリスティー原作の傑作ミステリー小説を原案に、2017年に映画化された密室殺人ミステリーです。
豪雪によって立ち往生した豪華列車オリエント急行の中で発生した殺人事件を舞台に、名探偵エルキュール・ポアロが乗客全員を容疑者とする推理劇を展開します。
本作のジャンルはサスペンスやミステリーに分類され、クローズド・サークル(閉ざされた空間での犯人探し)の王道構造に沿ったクラシカルかつ映像美に富んだ作品です。
重厚な美術セットと洗練されたカメラワークに加え、容疑者全員が名優によって演じられており、「舞台劇のような緊張感と心理戦」を存分に味わえるのも特徴です。
一言で言うと──「完全密室の中で展開される、心の奥底を問う極上の推理劇」です。
基本情報|制作・キャスト/受賞歴・公開情報
タイトル(原題) | Murder on the Orient Express |
---|---|
タイトル(邦題) | オリエント急行殺人事件 |
公開年 | 2017年 |
国 | アメリカ/イギリス |
監 督 | ケネス・ブラナー |
脚 本 | マイケル・グリーン |
出 演 | ケネス・ブラナー、ペネロペ・クルス、ウィレム・デフォー、ジュディ・デンチ、ジョニー・デップ、ミシェル・ファイファー ほか |
制作会社 | 20世紀フォックス、Scott Free Productions、Genre Films |
受賞歴 | 第90回アカデミー賞 衣装デザイン賞ノミネート |
あらすじ(ネタバレなし)
1930年代。世界各地を駆け巡る名探偵エルキュール・ポアロは、仕事を終えてイスタンブールからロンドンへの帰路につくため、豪華列車「オリエント急行」に乗り込む。
社交界の名士から労働者まで、国籍も性格も異なる乗客たちが顔を揃える中、列車は雪に閉ざされて立ち往生してしまう。
そんな極限状態の中で突如発見されたのは、密室状態の客室で遺体となったひとりの乗客──。
外部からの侵入は不可能。ならばこの中に犯人が…?
ポアロが乗り合わせたのは偶然なのか、それとも運命なのか。乗客全員が何かを隠している中、彼は“完璧な嘘”の中から真実を見抜けるのか。
果たして、この列車で本当に信じられる人間は誰なのか──。
予告編で感じる世界観
※以下はYouTubeによる予告編です。
独自評価・分析
ストーリー
(3.5点)
映像/音楽
(4.0点)
キャラクター/演技
(4.0点)
メッセージ性
(3.0点)
構成/テンポ
(3.5点)
総合評価
(3.6点)
映像や美術セットの豪華さは際立っており、列車内の閉塞感とエレガントな雰囲気を見事に両立させています。俳優陣の演技も安定しており、それぞれのキャラクターに深みを与えています。一方で、ストーリーは原作の名作ぶりをなぞる印象が強く、新規性や強い感情の波に欠ける部分も。メッセージ性においては正義や贖罪といったテーマが描かれているものの、表層的な印象で深掘りには至っていません。全体としては高品質でありながらも、やや安全圏にまとまった作品という評価です。
3つの魅力ポイント
- 1 – 密室劇の緊張感と心理戦
-
雪に閉ざされた列車という「逃げ場のない空間」で事件が起きることで、登場人物同士の緊張感が極限まで高まり、観る者もその張りつめた空気に引き込まれます。名探偵ポアロによる執拗な尋問と、乗客たちの微細な表情の変化が交錯する展開は、まさに心理戦そのものです。
- 2 – 美術と映像の圧倒的な完成度
-
20世紀初頭の列車内部や衣装、美術セットは緻密に再現されており、まるでクラシックな舞台の中に入り込んだかのような感覚を味わえます。加えて、長回しや大胆な俯瞰ショットを活用した演出も光り、観客に強い没入感を与えます。
- 3 – 豪華キャストによる重厚なアンサンブル
-
ジョニー・デップ、ジュディ・デンチ、ミシェル・ファイファー、ウィレム・デフォーなど、映画ファンなら誰もが知る名優たちが集結。それぞれが短い出番の中でも存在感を放ち、全員が物語の核に関わるミステリーとしての厚みを生み出しています。
主な登場人物と演者の魅力
- エルキュール・ポアロ(ケネス・ブラナー)
-
世界的名探偵ポアロを演じるのは、本作の監督も務めるケネス・ブラナー。几帳面で正義感にあふれる人物像を、繊細な表情と緩急のある語り口で見事に体現。特に、事件の核心に迫る終盤の長台詞シーンでは、俳優としての重厚な存在感が際立ちます。
- キャロライン・ハバード(ミシェル・ファイファー)
-
派手な装いとおしゃべり好きな性格で、列車内でも一際目立つ存在。演じるミシェル・ファイファーは、外向的で軽妙な振る舞いの裏に秘められた影や葛藤を巧みに表現し、物語終盤では驚きと感情の深さを観客に強く印象づけます。
- ゲアハルト・ハードマン(ウィレム・デフォー)
-
ドイツ人教授を名乗るが、どこか不自然な言動と鋭い目つきで疑惑の視線を集める人物。ウィレム・デフォーはその特異な存在感を武器に、観客の警戒心を巧みに煽る。抑えた演技の中に狂気や悲哀を滲ませる力量はさすがの一言です。
- ラチェット(ジョニー・デップ)
-
表向きは資産家のビジネスマンだが、その裏に暗い過去を抱えている人物。ジョニー・デップは冷淡さと苛立ちを同居させたキャラクターを独自のスタイルで演じ、登場シーンの少なさにもかかわらず強烈な印象を残しています。
視聴者の声・印象













こんな人におすすめ
逆に避けたほうがよい人の特徴
スピーディーな展開やアクションを重視する人には物足りないかもしれません。
謎解きよりも感情の起伏やカタルシスを求める人には不向きです。
登場人物が多いため、キャラクターをしっかり把握しておきたい人は混乱する可能性があります。
原作の完全な再現を期待していると、演出や結末に違和感を覚える場合があります。
社会的なテーマや背景との関係
『オリエント急行殺人事件』は、一見すると密室で起こる古典的な推理劇ですが、その根底には「正義とは何か」「裁きとは誰が下すべきか」という根源的かつ社会的な問いが隠れています。
物語の中心となる殺人事件は、単なる個人的な怨恨や犯罪ではなく、集団的な痛みと過去の悲劇を起点としていることが、物語を通じて明かされていきます。被害者の過去に関連する出来事や、加害者側の動機を探る中で、一人ひとりの正義感や倫理観の違いが鮮やかに浮かび上がり、それがやがて「法」と「道徳」の境界線を曖昧にします。
本作が描かれた1930年代という時代背景も重要です。戦争の爪痕や社会的不安、国境や階級による分断が色濃く残るこの時代では、「国家よりも個人の判断が正義となりうるのか」というジレンマが常に存在していました。
また、登場人物たちの国籍や身分、宗教観が多様であることからも、多文化社会における「許し」や「報復」のあり方を問いかけているとも言えます。現代の視点で見ると、これは分断と和解、報復と寛容の間で揺れる人類の普遍的テーマとして受け取ることができるでしょう。
結末に向けてポアロが迫られる“ある決断”は、単に事件の解決という枠を超えて、現代の司法制度や社会倫理にまで通じる深い問いを投げかけます。観る者は、ただの娯楽ミステリーとしてではなく、「私だったらどうするか?」という自問へと導かれるはずです。
映像表現・刺激的なシーンの影響
本作『オリエント急行殺人事件』は、その映像美の高さが際立つ作品です。特に雪景色の中を走るオリエント急行の雄大な外観や、20世紀初頭のクラシカルな列車内の美術セットは、まるで豪華絵画のような品格と緻密さに満ちています。インテリア、衣装、ライティングに至るまで細部へのこだわりが強く、ノスタルジックでありながらも現代的な洗練が感じられます。
撮影手法にも特徴があり、カメラは列車内の狭さを巧みに活かして、乗客同士の距離感や空気感を映像で語ります。天井からの俯瞰ショットや、キャラクターの動きを追い続けるロングショットは、観客の視点を誘導しつつ、心理的緊張を生み出します。また、音楽も重厚で静謐なスコアが用いられており、事件の発生とともに空気が一変する演出も効果的です。
一方で、刺激的な描写については暴力表現が極めて抑えられている点が特徴です。殺人事件を扱っているにも関わらず、血しぶきや直接的な残酷描写はほとんどありません。事件そのものも派手な演出ではなく、静かに発見され、淡々と調査が進んでいくため、グロテスクな映像が苦手な方でも安心して鑑賞できます。
性的描写やホラー的要素もほぼ皆無であり、年齢層を問わず幅広く楽しめる作品構成になっています。ただし、物語の核心や登場人物の背景には非常に重いテーマ(誘拐・家族の悲劇など)が含まれているため、心理的に共鳴しやすい方は、感情的に揺さぶられる可能性もあります。
そのため、視聴時には「美しい映像の中で、人間の複雑さを丁寧に描いた心理劇である」ことを理解しておくと、より深く作品を味わえるでしょう。
関連作品(前作・原作・メディア展開など)
『オリエント急行殺人事件』は、推理小説の女王アガサ・クリスティが1934年に発表した同名小説を原作とする作品です。名探偵エルキュール・ポアロが活躍するシリーズの中でも特に知名度が高く、多くのメディアで映像化されてきました。
原作は時代背景や人物描写が丁寧で、複数の国籍・階級が交錯する設定が印象的であり、映画版でもその雰囲気は踏襲されています。ただし、映画では登場人物の設定が一部現代的にアレンジされており、例えば人種や職業の変更、役割の簡略化がなされているため、原作ファンにとっては「異なる角度からの再解釈」として楽しめる構成になっています。
映像化に関しては、1974年にシドニー・ルメット監督による映画版が公開され、アルバート・フィニーがポアロを演じました。こちらはよりクラシカルなトーンと豪華キャストで知られ、アカデミー賞にもノミネートされています。
また、2010年にはイギリスのテレビドラマ『名探偵ポワロ』(デヴィッド・スーシェ主演)でも映像化され、こちらは原作に最も忠実な雰囲気で知られています。
さらに、2015年には日本でも三谷幸喜脚本・野村萬斎主演によるスペシャルドラマ版が放送され、物語の舞台を昭和初期の日本に置き換えたユニークな翻案が話題となりました。
その他にも、英語圏では舞台化やグラフィックノベル化、さらにはアドベンチャーゲーム化など、原作の普遍性と人気を活かした幅広いメディア展開が行われています。
本作を初めて観る方には、特に原作や1974年版との比較視点を持つと、それぞれの演出や解釈の違いがより深く味わえるでしょう。また、特定の順番で観る必要はありませんが、複数の映像化作品に触れることで、本作の魅力が一層引き立ちます。
類似作品やジャンルの比較
『オリエント急行殺人事件』は、密室での推理劇や豪華キャストによる群像劇という点で、以下の作品と特に共通点があります。いずれも「誰が犯人か?」という謎解きに加え、登場人物同士の関係性や心理描写が重視されている点が魅力です。
『ナイル殺人事件』(2022年)
同じくケネス・ブラナー監督・主演による作品で、本作の精神的な続編とも言える存在です。舞台は列車からナイル川を航行する豪華客船へと移り、閉鎖空間と群像心理ドラマの緊張感が継承されています。
『名探偵ポアロ:ベネチアの亡霊』(2023年)
シリーズ第3弾。ホラー要素を織り交ぜた構成になっており、推理劇の枠を超えた挑戦的な演出が特徴。正統派の『オリエント急行』に比べ、ジャンルの越境を感じさせます。
『ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密』(2019年)
現代風にアップデートされたクローズドサークル・ミステリー。アガサ・クリスティへのオマージュに満ちており、風刺とユーモアを効かせた語り口が特徴的です。テンポの速さや映像のカジュアルさは対照的ですが、根底にある「真実を暴く快感」は共通。
『Gosford Park』(2001年)
上流階級の人間関係を背景にした殺人ミステリーで、格式高い映像とシリアスな群像劇が魅力。『オリエント急行殺人事件』と同様、身分や階級、差別意識が謎解きの背景に密接に絡んでいます。
『屍人荘の殺人』(2019年・日本)
閉鎖空間での殺人という構造は共通しているものの、ジャンルとしてはよりライトでスピーディーな作風。日本的なキャラクター造形や演出が際立ち、若年層にも親しみやすいアプローチとなっています。
これらの作品は、それぞれ異なる切り口ながらも、「複数の登場人物の中に真実が潜んでいる」というミステリーの醍醐味を堪能できる点で共通しています。『オリエント急行殺人事件』が気に入った方には、ぜひ一度触れてみてほしい作品ばかりです。
続編情報
『オリエント急行殺人事件』(2017年)には、同じくケネス・ブラナー監督・主演による続編作品が複数存在しています。原作はいずれもアガサ・クリスティの小説をベースにしており、ポアロシリーズとしての映像展開が続いています。
1. 続編の有無
本作の続編は2作制作・公開済みで、いずれも劇場公開作品として展開されています。また、今後の作品化の構想も報じられています。
2. 続編タイトル・公開時期
・『ナイル殺人事件』:2022年公開
・『名探偵ポアロ:ベネチアの亡霊』:2023年公開
3. 制作体制
いずれの続編もケネス・ブラナーが監督・主演を兼任しており、脚本はマイケル・グリーンが引き続き担当。制作は20世紀スタジオ(旧20世紀フォックス)が中心となっています。キャストは各作品で総入れ替えとなるものの、いずれも豪華な布陣が組まれています。
4. 形態とストーリー構成
本作からの直接的なストーリーの連続性はなく、すべて独立した事件として描かれる“シリーズ形式”となっています。ただし、ポアロという共通の探偵を通じて、推理劇の構造や世界観がつながっています。
特に『名探偵ポアロ:ベネチアの亡霊』では、これまでのクラシックなミステリーから一歩踏み出し、ゴシックホラー的な演出や心理スリラーの要素が加わっており、シリーズの新たな挑戦として注目されました。
現在のところ、次回作に関する公式発表は出ていないものの、ケネス・ブラナーはさらなるポアロ作品の意欲を語っており、今後の展開にも期待が高まっています。
まとめ|本作が投げかける問いと余韻
『オリエント急行殺人事件』は、単なる殺人事件の謎を解く物語にとどまらず、「正義とは誰のためにあるのか」「法によって裁けない罪とは何か」という深い問いを観る者に投げかける作品です。
列車という逃げ場のない空間で起きた殺人事件。すべての登場人物が「何かを隠している」中で、名探偵ポアロは真実へと迫っていきます。しかし、その真実の先にあるのは、単純な勧善懲悪ではありません。登場人物それぞれの過去や痛み、そして怒りや悲しみが複雑に絡み合い、観客自身も「もし自分がポアロだったらどうしただろうか?」と考えずにはいられません。
本作が提示するのは、「正しい答え」は一つではないという現実です。法律的には有罪でも、倫理的にはどうなのか。復讐は許されるのか、それとも断ち切るべきなのか。その答えを提示するのではなく、観客に判断を委ねる構成こそが、本作が残す最大の余韻と言えるでしょう。
また、映像や演技、音楽といった表現面の完成度の高さも、本作のテーマをより引き立てています。クラシカルな列車の美術や重厚な音楽、緊張感あふれるカメラワークのすべてが、物語の「静かな重み」と共鳴し、観終わったあとも胸の奥に残る感触をつくり出します。
『オリエント急行殺人事件』は、華やかでありながらも苦く、知的でありながらも感情的な矛盾を抱えた傑作ミステリーです。観る者の価値観や人生経験によって、受け取る印象が大きく変わるのもこの作品の魅力の一つ。
この物語の結末に、あなたはどんな「答え」を見つけるでしょうか──。
ネタバレ注意!本作の考察(開くと見れます)
OPEN
本作最大のポイントは、犯人が「一人」ではなく、「乗客全員」であったという衝撃の真実にあります。この構造は、単にミステリーとしての意外性を超え、集団的な正義・復讐の倫理に深く踏み込んでいます。
ラチェット(=カセッティ)はかつて幼女誘拐殺人事件の首謀者であり、裁判では罪を逃れていた存在です。列車に乗っていた乗客たちは、その被害者家族や関係者であり、それぞれの痛みを抱えて集結していたという背景が後半で明かされます。
ここで注目すべきは、事件の再現構造です。密室、凶器の混乱、証言の矛盾など、すべてが計算された演出であり、ラチェットを裁く「儀式」のようでもあります。誰も単独で殺害を行っておらず、全員が一刺しずつ加えていたという点が、「全員が罪人か、誰もが無罪か」という構図を生みます。
また、ポアロの視点の変化も象徴的です。彼は物語の前半で「世界は秩序で満たされている」と信じる絶対的な正義の象徴として描かれますが、終盤では法では裁けない人間の苦悩に直面し、自らの信念を揺るがせることになります。この内面的な変化は、本作が単なる謎解き以上のものを描いている証です。
「正義とは何か?」「法に従うことが本当に正しいのか?」「復讐に意味はあるのか?」――それらの問いに対する答えを、映画はあえて示しません。だからこそ、観客は自分自身の感情と倫理観に照らしてこの事件を“裁く”ことを求められるのです。
最後のポアロの沈黙と、乗客たちの静かな去り際。その余韻にこそ、本作の最大のメッセージが込められているのかもしれません。
ネタバレ注意!猫たちの会話(開くと見れます)
OPEN




















