『アナザーラウンド』とは?|どんな映画?
『アナザーラウンド』は、デンマークの名匠トマス・ヴィンターベア監督が手がけた、「中年の危機」と「日常に潜む非日常」をテーマにした人間ドラマです。
マッツ・ミケルセン演じる高校教師たちが、「常に血中アルコール濃度0.05%を保つと人生がうまくいく」という仮説をもとに日々の生活を実験的に変えていく様子を描いた本作は、笑いと切なさが入り混じる独特の空気感を持ち、軽妙なユーモアの中に人生の深淵を覗かせる一作となっています。
ジャンルとしてはヒューマンドラマに分類されますが、物語の進行とともに観る者の感情を大きく揺さぶる点では、心理劇としての側面も色濃く感じられます。
一言で言えば、「人生の再起と喪失をアルコールと共に描いた、ビターでエモーショナルな物語」です。
基本情報|制作・キャスト/受賞歴・公開情報
タイトル(原題) | Druk |
---|---|
タイトル(邦題) | アナザーラウンド |
公開年 | 2020年 |
国 | デンマーク |
監 督 | トマス・ヴィンターベア |
脚 本 | トマス・ヴィンターベア、トビアス・リンホルム |
出 演 | マッツ・ミケルセン、トマス・ボー・ラーセン、マグナス・ミラン、ラース・ランゼ |
制作会社 | Zentropa Entertainments |
受賞歴 | 第93回アカデミー賞 国際長編映画賞 受賞/第73回ヨーロッパ映画賞 作品賞・監督賞・男優賞・脚本賞 受賞 |
あらすじ(ネタバレなし)
舞台はデンマークのとある高校。人生にどこか物足りなさを感じていた4人の教師たちは、ノルウェーの哲学者が提唱した「人間は血中アルコール濃度が0.05%足りない状態で生きている」という説に興味を持つ。
彼らは日常生活の中で常にアルコールを少量摂取し続けるという“実験”を開始。最初は仕事や人間関係がうまく回りはじめ、まるで世界が少しだけ鮮やかに変わっていくかのように思えた。
果たしてこの“実験”は、彼らに本当の意味での変化をもたらすのか?
「少しの酔い」は、停滞した人生を動かすスイッチになりうるのか──。
予告編で感じる世界観
※以下はYouTubeによる予告編です。
独自評価・分析
ストーリー
(4.0点)
映像/音楽
(3.5点)
キャラクター/演技
(4.5点)
メッセージ性
(4.0点)
構成/テンポ
(3.5点)
総合評価
(3.9点)
本作は、日常の中にある感情のうねりをアルコールという媒体を通して描いたユニークな作品であり、ストーリーや演技面での完成度は非常に高いと評価できます。特にマッツ・ミケルセンの繊細な感情表現は観る者の心を打ち、終盤の“あるシーン”では感動と衝撃が同時に押し寄せます。
映像面ではドキュメンタリー風のカメラワークや自然光の使い方が好印象ですが、映画的な強いインパクトを残す場面は限定的でした。またテンポについては、静かな前半から徐々に盛り上がる構成のため、やや緩やかに感じる観客もいるかもしれません。
とはいえ、「生きることの肯定」を深く感じさせるメッセージ性や、社会的テーマへの切り込みは非常に鋭く、単なる“酔っ払い映画”に終わらない奥行きを持った一作です。
3つの魅力ポイント
- 1 – 酔いがもたらすドラマ性
-
アルコールという一見シンプルな要素を軸に、教師たちの内面や人間関係が揺れ動いていく様子は、極めてドラマチックです。ただの飲酒映画ではなく、酔いが彼らの抑圧された感情や停滞した人生を炙り出す仕掛けとして描かれており、観る側も自身の“生き方”を見つめ直すきっかけとなります。
- 2 – マッツ・ミケルセンの圧巻の演技
-
繊細な感情表現から大胆なラストシーンまで、マッツ・ミケルセンの演技力が本作の完成度を飛躍的に高めています。セリフの少ない場面でも心情がにじみ出るような存在感は圧巻で、彼の一挙手一投足から目が離せません。
- 3 – 日常に潜む哲学的問い
-
本作には「幸せとは?」「自由とは?」「老いとは?」といった問いが静かに流れており、観客それぞれの人生に重ねながら深い余韻を残します。アルコールの肯定でも否定でもなく、その“扱い方”にこそ焦点を当てる脚本の妙も見逃せません。
主な登場人物と演者の魅力
- マルティン(マッツ・ミケルセン)
-
高校教師でありながら家庭でも職場でも情熱を失いかけている主人公。マッツ・ミケルセンは、この複雑な内面を表情や沈黙で語る圧巻の演技で見せ、観る者の共感と切なさを引き出します。特に終盤の象徴的なシーンでは、言葉を超えた感情の爆発を体現し、映画全体を昇華させています。
- トミー(トマス・ボー・ラーセン)
-
体育教師であり、4人の中で最も自由奔放に実験を楽しむ存在。子どもたちとの距離感の近さや愛情深い一面を見せながらも、心の奥には孤独や葛藤を抱えています。トマス・ボー・ラーセンの温かみと哀愁を兼ね備えた演技がその二面性を浮かび上がらせ、観客の印象に強く残ります。
- ニコライ(マグナス・ミラン)
-
哲学的な実験の発案者であり、心理学の教師。理性的に見えて、実生活では家庭のストレスに悩まされる姿が描かれます。マグナス・ミランは一見穏やかな人物の中にある脆さや苛立ちを繊細に表現しており、物語の思想的な側面を担うキーパーソンとなっています。
視聴者の声・印象













こんな人におすすめ
逆に避けたほうがよい人の特徴
派手な展開やスリルを求める人には物足りなく感じられるかもしれません。
テンポがゆったりとしているため、テンポ重視の映画を好む人には不向きです。
アルコールを肯定的に描く表現に対して抵抗がある人は共感しづらいかもしれません。
明確なカタルシスや爽快感を求める人には、物語の余韻が曖昧に映る可能性があります。
映像表現・刺激的なシーンの影響
『アナザーラウンド』は、派手な特殊効果や目を引く映像美を追求した作品ではありません。その代わりに、ドキュメンタリーのような自然光や手持ちカメラを多用したリアルな映像スタイルが採用されており、まるで登場人物たちの生活を間近で見守っているかのような没入感を生み出しています。
演出面では、特に後半にかけての感情のうねりを音楽やテンポの変化によって巧みに表現。静かなシーンと高揚感に満ちたシーンのメリハリが効いており、観客の感情を丁寧に導いていく構成が印象的です。特に終盤の“あるシーン”では、音楽と身体表現が完全に融合した名場面が展開され、視覚と聴覚の両面から強烈な印象を残します。
刺激的な描写については、アルコール摂取のシーンが中心で、暴力や性的表現はほとんどありません。ただし、飲酒に伴う肉体的・精神的変化やその影響は繊細に描かれており、アルコール依存やそのリスクに敏感な方は注意が必要です。また、一部に精神的に重い場面や暗示的なシーンも含まれているため、感受性の強い方は心の準備をして鑑賞するのが望ましいでしょう。
本作の映像表現は「美しい」よりも「生々しい」に近く、映像の派手さではなく空気感や感情の質感を重視する観客にこそ響く演出となっています。
関連作品(前作・原作・メディア展開など)
『アナザーラウンド』は、原作小説やシリーズ作品を持たない完全オリジナル脚本による映画です。ただし、監督トマス・ヴィンターベアがかつて手がけた『偽りなき者』(2012)とは、主演マッツ・ミケルセンとの再タッグという意味で強い関連性があります。両作ともにデンマーク社会の暗部と人間心理の機微を深く描いており、2本並べて観ることで監督の作家性がより浮かび上がります。
また、本作はヴィンターベア監督自身が舞台戯曲として温めていたアイデアを映画化したという経緯があります。娘からの提案によって企画が具体化し、当初は演劇として構想されていたことから、登場人物の会話劇や密な人間関係の描写に強い演劇的要素が感じられます。
メディア展開としては、書籍化や映像ソフトの発売以外に大きなスピンオフやシリーズ化は行われていませんが、映画ファンや教育関係者の間での議論や考察の対象として広く取り上げられており、映画教育の文脈でも使用されることがあります。
観る順番としては、あえて順番を意識する必要はありませんが、もし『偽りなき者』や同監督の『セレブレーション』なども合わせて観る場合は、本作を最後にすることで人生や人間関係に対するヴィンターベアの視座の変化をより深く味わうことができるでしょう。
類似作品やジャンルの比較
『アナザーラウンド』が好きな方には、人生の岐路や感情の機微を丁寧に描いた作品がおすすめです。以下にいくつかの類似作品を紹介します。
『偽りなき者』(2012) 同じくトマス・ヴィンターベア監督×マッツ・ミケルセン主演によるヒューマンドラマ。冤罪に巻き込まれた男の孤独と闘いを描き、本作と同様に抑圧された感情と社会との葛藤をテーマにしています。
『ライダーズ・オブ・ジャスティス』(2020) ミケルセン主演のブラックコメディで、悲劇をきっかけに起こる復讐劇をユーモアと暴力のバランスで描いています。『アナザーラウンド』よりもアクション性が強いですが、内面の傷と再生というモチーフが共通しています。
『イニシェリン島の精霊』(2022) アイリッシュ映画の秀作で、突然終わった男同士の友情を巡る静かで皮肉な物語。孤独と人間関係の不条理を淡々と描く点で通じるものがあり、ゆったりとしたテンポや乾いたユーモアも似ています。
『THE WAY BACK』(2020) アルコール依存からの再起を描くスポーツドラマ。主人公の自堕落な日常から立ち直ろうとする姿は、『アナザーラウンド』と“酒を通して人生を見つめ直す”という共通点があります。
『The Worst Person in the World』(2021) 現代女性のリアルな心情と選択を描いたノルウェー映画。テーマや登場人物の属性は異なるものの、人生の意味を問いかける構成が共通しており、北欧作品らしい叙情性にも通じる魅力があります。
どの作品も、『アナザーラウンド』と同様に人生の痛みや愛しさをユーモアとともに描いた作品群であり、観終わったあとに深い余韻が残るタイプの映画です。
続編情報
現在のところ、『アナザーラウンド』の正式な続編は制作されていません。ただし、ハリウッドでのリメイク企画が進行中であり、これは原作映画を英語圏向けに再構築するプロジェクトとして注目されています。
【1. 続編の有無】
続編としての新作映画(原作の続きを描くもの)は、企画・制作されていないのが現状です。一方で、ハリウッド版リメイクが別プロジェクトとして進行しています。
【2. 続編のタイトル・公開時期】
リメイク版のタイトルは未定ですが、2024年以降の公開を目指して準備が進行中との報道があります。現時点で公開日は正式発表されていません。
【3. 制作体制】
ハリウッド版リメイクの監督はコメディアンで俳優のクリス・ロックが務める予定とされており、レオナルド・ディカプリオ率いる製作会社「アッピアン・ウェイ」がプロデュースに参加しています。脚本については数名のライターによるリライト作業中との情報があります。
【4. 形態とストーリー構成】
このリメイク版はプリクエルやスピンオフではなく、オリジナルと同様のプロットをベースとした再映画化となる見込みです。ただし、文化的背景が異なるため、米国社会に即した設定や展開がなされる可能性があります。
したがって、続編は現時点で存在しないが、リメイクという形での新たな展開が進行中という状況です。今後のキャスティングや脚本の発表に注目が集まっています。
まとめ|本作が投げかける問いと余韻
『アナザーラウンド』は、飲酒という日常的かつ普遍的な行為を通して、人間の「自由」「情熱」「生きがい」について深く問いかける作品です。派手な展開もなく、誰かがヒーローになるわけでもない。それでも観終わった後には、どこか心の奥を揺さぶられるような余韻が静かに残ります。
本作の魅力は、その問いかけが決して押しつけがましくなく、観客自身の人生と静かに向き合わせてくれる点にあります。「自分はいま何%の人生を生きているだろう?」「情熱を持てているだろうか?」――そういった内なる声を、酔いという比喩を使って浮かび上がらせる手腕は、監督トマス・ヴィンターベアの真骨頂といえるでしょう。
登場人物たちは皆、欠点を抱えた等身大の人間です。だからこそ、彼らが少しの勇気や無謀さをもって日常に挑む姿には、どこか共感と愛しさを覚えます。ラストに待ち受ける“解放の瞬間”は、単なる演出ではなく、人生における可能性と選択の象徴のようにも感じられます。
この作品が観客に与えるものは、結論ではなく「問い」です。「どう生きるか?」「何に酔い、何に目覚めるのか?」といった問いを、静かに、けれど確かに胸の内に残していく。その問いが、観る者それぞれの人生にとっての“アナザーラウンド(もう一杯)”となるかもしれません。
本作は、喪失や迷いの中にいる人、あるいは何かを変えたいと思っている人にとって、そっと背中を押してくれるような一作です。その余韻は、映画が終わったあとも、まるで酔いが少しだけ残るように、あなたの心に留まり続けるでしょう。
ネタバレ注意!本作の考察(開くと見れます)
OPEN
『アナザーラウンド』は単なる“中年の再生物語”にとどまらず、人間のアイデンティティと自由意志を深く掘り下げた寓話的作品とも解釈できます。
物語を通して登場人物たちは「アルコールによって自分を解放する」ことを試みますが、それは同時に社会的な役割から一時的に逸脱する行為でもあります。教師という立場でありながら“酔った状態”を日常化する彼らの姿は、現代における規範や良識の脆さを皮肉る象徴とも捉えられます。
また、主人公マルティンが徐々に表情を取り戻していく過程は、単なる酔いによる変化ではなく、「他者にどう見られるか」から「自分がどう在りたいか」への意識の変化として描かれているように見えます。この点で、本作は“自己の再定義”を物語の隠れた主題として持っていると言えるでしょう。
とりわけ注目すべきは、終盤のダンスシーンです。あの場面は、社会的役割も倫理もすべて脱ぎ捨てて、「ただ生きている」ことを肯定する象徴的な瞬間と解釈できます。そこに込められた感情は喜びなのか、諦めなのか、それともその両方なのか――あえて明確な答えを示さない点に、本作の詩的な余白があります。
そして、ある登場人物の結末にも触れると、本作はアルコールを肯定も否定もせず、その人の抱える人生の重さによって、まったく違った結末を迎える可能性があることを示しています。「酒」が問題なのではなく、それをどう扱うかにこそ人間の本質が表れる――その含意は、社会全体への静かな問いかけともいえるのではないでしょうか。
ネタバレ注意!猫たちの会話(開くと見れます)
OPEN




















